Posted on 2024.05.30
先生はわたしのことを覚えているはずがない....。
不安と期待と、喜びと興奮が交錯し
額に汗、手は少し震え、高鳴る鼓動に目眩を感じる。
やっとの思いで那覇空港に辿り着き、車を停めて待ち合わせの場所に走る。
遠くに見える先生のシルエット。
かつての同僚たちが年月を越えて出会い、先生を取り囲んでいる。
握手とハグを繰り返す彼らの場所に静かに近づく。
ふっと振り返った先生の美しさに息を呑む。
あなた、逢いたかったわ!
と両手を広げ先生が近づいてくる。
感極まり、立ちすくみ、子供のように泣き出し
ぐしゃぐしゃになっているわたしを、先生は強く抱きしめてくれた。
一瞬にあの時代、あの時、あの場所へ。
2023年5月、夢のような再会。
1980年代、わたしは彼女の元で働いた。
代官山ヒルサイドテラス。
美しく雄々しく成長する時代を扇動するような場所。
あらゆるクリエーションをリードする人たちが蠢いていた。
音、映像、文脈、街、食、そしてスタイル。
ハイセンスで知性溢れ、遊びと仕事を両輪でこなす彼らの傍らで
いつもおどおど、言葉を発することもできず、
見様見真似に身体を動かし、手を使い、邪魔にならないことに必死だった。
先生に掛けられた最初の言葉は
あなた、ジーンズに白いシャツでいいから。
目障りなおしゃれなんか必要ないと言われた気がして、ますます隅っこに。
それでも目の前で起こる強烈なハレーションに魅了され
辞めることなく裏方仕事に精を出す。
沖縄の子、からだんだんと名前で呼ばれるようになり、
経理と商品管理を担いながら、デザインの現場でメモをとったり
生産メーカーとの打ち合わせに参加する機会を与えられたりした。
ある日、先生から直接ギフトラッピングのリクエストが入った。
鉛のシートを指先で擦り、オブジェのような塊をつくった。
きっと誰も覚えていない自分だけのエクスタシー。
触れることができる距離にいて、
触れられないほどの神々しい存在のリーダーがいたこと。
名前をよばれるだけで奮起し、
どうやってもっと奉仕できるのかを思い描いた日々。
厳しくて、
煌びやかで、
余裕などなかったけど、あれはきっと人生の賜物。
それぞれが抱く思い出を、先生を囲み語った。
夜を跨ぐのが切なくなるほど、言葉の数珠がわたしたちを繋いでいく。
先生は誰よりも饒舌で
若い日々のこと、恋のこと、あれからのこと、今のことを話してくれた。
そして何度もわたしたちと過ごしたあの時が、
あの時が一番よかったわ、と囁いてくれた。
先生のおかげ、先生がいたから。
誰もが心の中で頷く。わたしたちは永遠のヨシエチルドレン。
角敏朗氏(写真右)は多摩美術大学大学院卒業後
1977年から2001年まで稲葉賀恵氏率いる企業に従事。
2012年から沖縄県恩納村にあるムーンビーチホテルの
アートディレクターとして活躍中。
本号「WELLな人、ロージャースを着る」の吉田眞紀氏も
1982年から稲葉賀恵氏と菊池武夫氏に師事。
鍛えられた審美眼と、鋭いクラフトマンシップで
2023年第9回プラチナエイジ『ファッション部門』受賞に引き続き、
2024年Japan’s Authentic Luxuryアワード受賞。
The passion you instilled in us lives on forever.
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